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静岡地方裁判所富士支部 昭和53年(ワ)94号 判決

原告

前島五月子

被告

佐野初雄

主文

被告は原告に対し、金四〇二万九九一三円及び内金三七二万九九一三円に対する昭和五二年三月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六九六万円及びこれに対する昭和五二年三月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  昭和五二年三月九日午後〇時頃、被告の長男である訴外佐野徹は、被告が所有し自己のために運行の用に供していた普通乗用車を運転し、富士市今井本町六二番一の海岸堤防に差しかかり、右堤防を横断しようとしたところ、運転を誤つて自車を右堤防より約六メートル下の砂浜に転落させ、よつて自車の同乗者である原告に対し、左示指端挫滅開放骨折、右膝部挫創、頭部外傷第二型、顔面打撲挫傷の傷害を与えた。

2  原告は右受傷により、左示指末節骨欠損と同指機能障害の後遺障害(昭和五二年四月二日治癒)を残すに至り、後遺障害等級一一級の認定を受けている。本件受傷の結果、原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益

原告の労働能力喪失率は二〇パーセントで、その稼働可能年数は四九年間(本件事故当時原告は高校三年であつたから高卒の一八歳から六七歳まで)であるから、昭和五二年賃金構造基本統計調査報告(労働大臣官房統計情報部作成)の第一巻・第一表・産業計・企業規模計・女子労働者・新高卒・年齢計の平均給与額(現在給与額(月額)一〇万六三〇〇円、年間賞与等三三万二二〇〇円、年額一六〇万七八〇〇円)及び毎月勤労統計(年額金一四六万六六〇〇円)調査報告(右同部作成)の賃金指数(昭和五〇年を一〇〇とする)全国調査産業計の昭和五二年平均(一二三・九)より昭和五三年九月(一三五・七)までの賃上率一、〇九五二四を乗じた額を原告の収入額の基礎とし、中間利息を控除(四九年のライプニツツ係数は一八・一六九)して現価を算定する(万円未満切捨て)と原告の逸失利益は金六四〇万円である。

160万7800円×1.09524×18.169×20/100=640万円

(二) 傷害による(入通院)慰藉料

原告は、本件受傷後直ちに米山病院に一日入院し、その後昭和五二年三月一〇日から同年四月二日まで平野整形外科に通院しているから、右傷害による入通院の慰藉料として金一四万円が相当である。

(三) 後遺症による慰藉料

原告の後遺障害は第一一級であり、一八歳以降一生の間右の如き後遺障害に基づく精神的苦痛を受け続けることは明白であるから、その慰藉料として金二五〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告は本件事故により被害を蒙り、本訴の提起を余儀なくされたが、事案の性質上弁護士に訴訟行為を任せざるを得なかつたものであり、勝訴判決が得られたときは認容額の一割相当を原告訴訟代理人らに支払う旨約束している。

ところで原告は自動車損害賠償責任保険により金二三二万五七二〇円の支払いを受けているので、前記1ないし3の損害額より右金員を控除すると原告の請求基礎額は六七一万四二八〇円であるが、右金員中六三三万円を請求するので支払を約した額は六三万円となる。

3  以上により、原告は被告に対し、自動車損害賠償保障法第三条に基づき、前記損害金のうち金六九六万円及びこれに対する昭和五二年三月九日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1のうち、原告主張の日時に被告の長男佐野徹が被告の保有する普通乗用車を運転して、原告主張の堤防から転落し、同乗していた原告が受傷したことは認めるが、原告の受傷の内容は知らない。また転落箇所の高さが六メートルあつたことは争う。

2  同2のうち、原告が本件事故による受傷後、米山病院に一日入院し、原告主張の日までその主張する病院に通院したこと、原告が後遺障害等級第一一級の認定をうけていること、原告が自動車損害賠償責任保険により金二三二万五七二〇円の支払いを受けていることは認める。その余の事実は知らない。

三  被告の主張

原告は愛知県安城市の日本電装に就職しており、通常の場合に比し、現実に得られるべき収入は減少していない。よつて原告の労働力喪失の主張は不当である。

四  被告の主張に対する反論

原告は後遺障害のため、指先による細い仕事の要求される職場に適せず、また左手に力がはいらないために他人に手伝つて貰うこともあり、極めて深刻なハンデイキヤツプを背負つている。原告の後遺障害に基づく労働力の喪失は、相当広範囲に及ぶことは必至であり、これによつて昇給遅れや減収は充分予想される。また結婚適令期にある原告が将来、結婚した場合、結婚上不利に作用する蓋然性も高く、主婦として家事労働に従事する場合の日常生活の障害がつきまとうことも明らかである。原告の後遺障害の実態及び今後のハンデイ(不利)の蓋然性からすれば、原告の終生にわたる労働能力喪失の状態は続くのであるから被告の主張は失当である。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和五二年三月九日午後〇時頃、被告の長男である佐野徹が被告所有の普通乗用車を運転して走行中、富士市今井本町六二番一の海岸堤防に差しかかつた際、堤防より自車もろとも転落したこと(以下「本件事故」という)、本件事故により右佐野徹の運転する乗用車に同乗していた原告が受傷したこと、原告は受傷後米山病院に一日入院し、その後昭和五二年三月一〇日から同年四月二日まで平野整形外科に通院して治療を受けたことは当事者間に争いがなく、本件事故により原告が左示指切断、左手背挫創、右膝関節部挫傷の傷害を蒙り、右傷害は同年四月二日に治癒したけれども、左示指末節骨欠損と同指機能障害の後遺障害を残すに至り、後遺障害等級第一一級の認定をうけていること(後遺障害等級については当事者間に争いがない)は成立に争いがない甲第一、二号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認めることができる。

証人佐野徹の証言と原告本人尋問の結果によれば、原告及び佐野徹は富士宮農業高校の同窓生で昭和五二年三月同校を卒業し、原告が愛知県安城市の会社(日本電装)に就職が決まり、近く出発する予定であつたので、佐野徹は原告との別れを惜しみ、一時ドライブするため被告所有の自動車を運転して本件事故を惹起したことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上の事実に照らすと、本件事故は佐野徹によつて惹起されたものであるけれども、被告は本件加害車の保有者として本件事故による損害につき、原告に対し損害を賠償する義務を負うものである。

二  つぎに原告の損害につき検討する。

1  逸失利益

(一)  原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五二年三月前記高校卒業後、前記日本電装に就職が決まり、同月一六日右会社に赴任する予定であつたが、会社から本件事故による左示指の完治を条件に赴任することを求められ、治療のため同会社に採用された高校卒の他の一般就職者より一一日赴任がおくれ、これにより右期間分の給料の支払を受けなかつたこと、日本電装の初任給は八万八〇〇〇円であるが残業手当を加え、手取額九万円(月額)程度の実収入があつたことが認められるから、一一日分の賃金相当額金三万三〇〇〇円の損失を受けた。

(二)  原告は本件後遺障害による労働能力の喪失率を二〇パーセントとして、昭和五二年賃金構造基本統計調査報告による高校卒女子労働者の平均賃金を基礎に逸失利益の存在を主張するので検討する。

(1) 原告の本件後遺障害の等級につき一一級の認定を受けていることは当事者間に争いがなく、各障害等級に応じ労働能力の喪失率を示す労働基準監督局長通牒(昭和三二・七・二基発第五五一号)によれば、障害等級一一級の労働能力喪失率は二〇パーセントであることが認められ、特段の事情の認められない本件において、原告の本件後遺障害による労働能力の喪失率も右百分率をもつて相当と考える。

ところで被告は原告の受傷後の収入について本件後遺障害による減収は生じていないとして原告の後遺障害による損害はない旨主張するので判断する。原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、原告が日本電装に就職してから今日に至るまでの約二か年間、原告は他の同僚従業員に比し本件後遺障害により賃金に差をつけられたことはないが、他方、原告は本件後遺障害のために当初ローター課という部署に配属され、他人から手伝をうける比較的楽な仕事をやらせられるようになり、昭和五三年一二月からは「くみつけ」という部署に配置され、同部署においても他人の手伝を受ける仕事に従事しているが、受傷部位は僅かに触れただけでも痛み、寒い季節には指も動かし難く、日常生活においても炊事洗濯が不自由で裁縫も十分できないことが認められ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。現に原告は他の同僚従業員との賃金の比較において差異を生じていないのであるから、労働能力の減少又は低下があつても、これがため賃金収入上の損害は生じていないといえるが、さればといつて原告が今後日本電装に勤務する間、将来長期間にわたつて他の同僚従業員と比較し、賃金に差異を生ずることはないという保障はない。さればといつて原告の将来取得するであろう収入の現在価格に対し、全面的に前記喪失率を適用することは妥当性を欠き、原告の年齢、職業等前認定の諸事実を勘案すれば、原告はここ数年間の収入において他の者との間に差異を生ずることがないと推認されるが、一応その期間を五か年と推定し、その間の収入については逸失利益の推計上、除外することとし、その余の収入につき前記労働能力の喪失率を適用し、これをもつて原告の逸失利益を計上するのが相当と認める。

(2) ところで原告は本件事故前に日本電装に就職が決定していたのであるから、原告の逸失利益を計上するにあたつては、原告主張の一般統計に基づく年齢別等平均賃金に依拠すべきではなく、原告が現に稼動する日本電装の賃金を基礎に計上するのが相当である。

原告の初任給及び平均手取月額は前認定のとおりであるが、なお年間七〇〇〇円相当の昇給があることが原告本人尋問の結果認められる。また我が国の企業一般においては、年間、賃金四か月分程度の賞与が給されていること、定年制度が設けられておおむね五五歳ないし六〇歳をもつて定年としていることは公知の事実である。女子労働者の場合は婚姻すれば多くは定年に達することなく、退職する傾向にあることもまた否定できない。よつて原告の稼働可能期間を一八歳から五五歳までの三八年間とし、前認定の賃金、昇給を加味して就職後五年経過した以降の総収入の現在価格を計上すれば金一九六一万三一六五円で、これに前記喪失率を乗すれば、逸失利益は金三九二万二六三三円となり、これに前記三万三〇〇〇円を加算すれば、得べかりし利益は金三九五万五六三三円である。

計算方式

18歳から55歳までの収入の現在価格(ライプニツツ方式による。以下同じ。)

1,440,000円×16.867+7,000円×235.201=25,934,887円―〈A〉

18歳から22歳まで収入の現在価格

1,440,000円×4.329+7,000円×12.566=6,321,722円―〈B〉

〈A〉-〈B〉=19,613,165円

(以上の算出方法は新日本法規出版株式会社発行「交通事故損害賠償必携」「資料編」による。)

2  慰藉料

原告の慰藉料を検討するに、前認定の事故の態様、本件加害車を運転した被告の子佐野徹と原告との親交関係、入院及び通院期間並びに傷害の部位及び後遺障害を考慮すると、原告の本件事故による傷害の結果蒙つた精神的損害は金一〇万円をもつて、また後遺障害による精神的損害は金二〇〇万円をもつて慰藉されるべきものと考える。

3  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は本件転落事故により蒙つた損害の賠償を求めるにつき、本訴提起を余儀なくされ、事案の性質上、弁護士に訴訟行為を委ねざるを得なかつたこと、報酬として認容額の一割を弁護士に支払うことを約していることが認められ、その認容額は前記逸失利益及び慰藉料の総額金六〇五万五六三三円から自動車損害陪償責任保険により既に支給をうけた金二三二万五七二〇円(当事者間に争いがない)を控除すれば、その額は金三七二万九九一三円となる。よつて原告は本件弁護士費用として金三七万円を支払うことを約したものと認められる。しかし本件事案の内容、審理の経過に照らすと、本件事故と相当困果関係にある弁護士費用は右のうち金三〇万円であつて、これを超える部分まで被告に負担させることはできない。

三  以上説明したとおりであるから、原告の本訴請求のうち、金四〇二万九九一三円及びそのうち未払の弁護士費用金三〇万円を除いた金三七二万九九一三円に対する本件事故発生の日である昭和五二年三月九日から支払い済みに至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いを求める限度においてこれを認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村盛雄)

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